沖縄生まれ沖縄育ち。南の楽園で生まれた爽やかなビール、オリオンビール。

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2004年09月02日

牧場経営 田中英信 さん

田中さんの元気な笑顔の写真
経験もないまま、飛び込んだ農業の世界。北海道、カナダ、ヨーロッパといろんな農業を見て周り、やがてヤギの酪農をしたいとヤギの飼育の盛んな沖縄へ。石垣島の牧場で働きながらヤギを飼い始め、独立して3年、厳しい現実に直面しながらも明るく突き進む。

● 若い頃から農業に興味が?

いやあ、若い頃はこれでも役者を目指して演劇をやっていたんですよ。でも周りがすごい人ばっかりで、この世界じゃ、食って行けないと、きっぱりあきらめたんです。それで、今までと全然違うことをやってみたくて、長野の農家で住み込みで働き始めたんですよ。まるで分からないことだらけできつかったんですが、すごく実りがあって、心も身体も、ものすごく元気になったんですよ。それで、農業で飯くっていけたらいいなと、漠然と。そしたら、いろんな農業を見たくなって、北海道へ。そこで出会ったのが酪農だったんです。やってみると、自分は野菜よりも動物相手のほうが向いてるなと感じたんですね、感情移入しやすいんです。僕の言葉も聞いてくれてる気がするし、動物たちが言おうとすることもわかるような気がしたんですよ。動物相手は面白いと、その時、酪農をやろうと決めましたね。

● どうして沖縄で酪農を?

int_001.jpg 北海道でそのまま酪農やろうかとも思ったんですが大規模な北海道の農業は自分の身の丈にあわないような気もしたりして。一度、伝統のある本場の酪農を見ようとヨーロッパへ気分転換も兼ねて旅行に出かけたんです。旅行といってもチーズづくりをしている農家を訪ねて、働かせてくれと頼み込んで学ぶための旅ですね。何軒か働かせてもらったんですが、フランスでヤギのチーズを作っている農家があって、それがとても面白かったんですよ。それで夢中になっちゃって。でも、そんなことをしているうちにあちらで30才になっちゃったんですよ。わあ、もうそろそろ、自分の道を決めないと手遅れになるかもしれないと思って日本に帰ってきたんです。 北海道へ戻るという手もあったんですが、ヤギの酪農が忘れられなくて日本で一番ヤギが飼われている沖縄へ行ってみようと思って、来てみたら、あまりにも本土と文化も気候も違うので、旅じゃ答えが出せない。そこで、仕事を紹介してもらって一年間那覇に住んでみたんです。そのときの職場が農業試験場というところで、ヤギをやってみたいと周りの人に相談したら、離島がいいんじゃないかということになって、石垣にやってきたというわけなんです。まあ、ここのほうが比較的土地も手に入りやすいのかなという思いもあったりしたもんですから。

●牧場の切り盛りは?

一人なので、牛とヤギの世話と、牛乳の売り込みの営業、エサの調達、雑用もろもろ全部やらなくてはいけないんです。特に最近は、島に大きな資本の乳業の進出もあったりして、厳しい状況なんです。だから、レストランなどに直接売り込みに行ったりして、馴れない営業で今、苦労してますね。それと、やっぱり動物相手なので休みがないということ。独立して3年、ほんとに今それが身にしみてますね。一人だからどうにも動きがとれない。ちょっと那覇までっていうのも難しい。一緒に連れて行く訳にもいかないしね(笑)

●将来的には?

土地を増やして加工施設を作りたいですね、早くチーズやヨーグルトづくりを始めたいんです。いまは規模が小さすぎて許可がおりないですよ。最近、看板をあげたんですが、これからは作るだけじゃなく、人とどう接触していくかがぼくが生き残る道なのかなあなんて思ってます。とにかく今勉強中です。それから人生のパートナーとなるお嫁さんも探したいなと(笑)。とにかくやらなくちゃいけないことがいっぱいで、いくつ身体があっても足りないという感じです。

【お問い合わせ】

ヤギとジャージーの牧場「まあじゅん」石垣市登野城219 Tel0980-83-8843 E-mail hide.t@aioros.ocn.ne.jp

【プロフィール】

1967年生まれ 福岡県出身 大学時代は演劇に没頭するが、きっぱりあきらめ、農業の世界へ。長野、北海道、カナダ、スイス、フランスでの修行を経て、ヤギのチーズづくりを夢見て沖縄へ。石垣の牧場で働き、2001年独立。

投稿者 breakjp : 2004年09月02日 19:06

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