2005年01月05日
特集 おりびあの泉

島バナナは草科の植物だった
島バナナに「草かよ!」ってツッコミをいれろ!

南西諸島や小笠原諸島などで栽培されている、いわゆる「島バナナ」(原産地はマレー半島)の幹は総称してバナナの木(方言ではバサナイノキ)とよばれているが実は島バナナは木ではなく芭蕉科の多年草なのである。
「草かよ!」三村的ツッコミはさておき、幹にあたる仮幹は台風などの強風に弱く、台風の多い沖縄では大量に安定生産できないのだという。ちなみにバナナの実は「世界で一番大きな草の実」らしいのである。とにかく明日からは、「バナナの木ではなく、バナナの草」とよばなくてはいけません。「そんなバナナ」っていわれても、おりびあですから〜。
伝説のプロレスラー力道山を育てたのはウチナーンチュだった。
必殺ワザ「空手チョップ」だって県産品だつた!

日本におけるプロレスの黎明期となる昭和30年代に空前のプロレスブームを巻き起こした伝説のプロレスラー力道山。角界の関脇だった力道山をプロレスラーとして育てたのが、沖縄出身のプロレスラー沖識名(本名・識名盛雄)だった。沖縄で生まれた沖識名は五歳のとき父親のいるハワイに渡り、後にハワイの柔道界や相撲界で活躍し米本国に渡ってトップレスラーとなった。力道山は昭和26年に角界よりプロレスラーに転向し翌年プロレス修行のためハワイに渡った。その時、力道山のトレーナーを務めたのが沖識名だった。
力道山の力士体型をレスラー体型への肉体改造を行ったのも沖識名で、現在のプライドの小川直也の柔道体型からレスラー体型の肉体改造につながる業績と言える。そして、あまりにも有名な必殺ワザ「空手チョップ」も沖識名から伝授されたものと言われている。その後、沖識名は力道山と共に日本に帰国し、プロレスラーとして力道山とタッグを組んで活躍し、コミカル&ヒールなレフリーとしても力道山と共にリングサイドや日本中のお茶の間を大いに沸かせたのである。隆盛を極めた日本のプロレス黄金時代を築いた力道山と共に沖識名も立役者の一人なのである。それ以上に、日本のプロレスに観客を煽動するあらゆる演出を取り入れたのも沖識名が先駆者であり、オールドプロレスファンに今でも語り継がれている「沖識名伝説」なのである。余談であるがサザンオールスターズの「ゆけ!力道山」という曲にも沖識名の名前がでてくるよ。
沖縄のカニは前にも歩く。
前に歩いても「いいカニ〜!」

八重山諸島などに分布するミナミコメツキガニは、体長わずか1センチほどのちいさなカニ。
一番の特徴は「前進歩行」すること。カニと言えば横歩行が一般的だがミナミコメツキガニのぎこちない前歩きの姿や身を隠す時のクルクル回転しながら砂にもぐる姿はとてもコミカル。英語ではソルジャークラブ(兵隊蟹)と呼ばれ数千匹の集団で行動する。干潟の砂を食べ浄化して排せつするため、干潟の浄化を行う貴重な生き物とされているが、最近ではレッドデータブック(絶滅危惧種)に登録され年々、分布数が減少していると言われている。
「那覇空港では毎日、発砲している」
沖縄の空の安全を守る仕事。

「那覇空港で毎日発砲」と書くとなにやら穏やかじゃない話と思われるが実際、毎日発砲しているんですよ。とさらに書くとますます穏やかじゃないと思われますので本題へ。那覇空港では滑走路や飛行機の進入する空域にしばしば野鳥が飛来する。旅客機の安全運行(野鳥がジェットエンジン等に吸い込まれると事故につながる恐れがある)ため、航空保安協会の職員が常に巡回パトロールし、必要に応じてライフル等で野鳥に対し空砲で威嚇発砲するとの事。時には大きな音を発する花火等も使う事もあるとの事。非常に不謹慎な話であるが「毎日、鉄砲とか花火とか」実に楽しそうなお仕事に思える。がしかし、毎日、何百機と離発着する旅客機の安全を守るため雨の日も風の日も毎日、地上から空の安全を見守っている事を考えると「楽しそう」なんていえません。ひたすら感謝感謝です。
1ドル銀貨でできた銀の三線がある。
銀製三線のショートストーリー

沖縄県立博物館に所蔵されている銀の三線にはある物語があった。この三線の最初の所有者はハワイの沖縄2世で、第2次世界大戦で沖縄に行く事になり、その時、父親から「沖縄には上等な三線があるから、ぜひ探してくるように」と言われた2世は沖縄で三線を探してみるがどれも宝物には見えず、親孝行の彼は銀の米国硬貨を原料とする三線を広島県呉の造船所に作らせた。銀貨を溶かし成形された銀の棹でできた三線を父親に送ると「こんなつまらないことはするな」と怒られ銀の三線はつっかえされてしまった。その後、銀の三線は様々な経緯を経て博物館に所蔵される事になった。美談なのか悲話なのか判断つかないが「銀と言えば金である」「助さんと言えば角さんである」つまり金の三線も沖縄にありました。所有しているのは某宝飾店で金製品の加工ででた金クズ(クズでも金、金でもクズ?)を集めて成形し見事な純金製の棹でできた三線があるとの事。
重さは約600グラム20金で時価60万円。まさに三線界の誉れ高き金さん銀さんである。
博物館には、棹の部分が象牙でできたものや、胴の部分が亀の甲羅でできたワシントン条約系三線も所蔵されているそうじゃ。
沖縄には燃える石がある!
空気に触れると自然発火する不思議な石。

1993年、沖縄の潮のひいた某所海岸にて火の気のない所から度々、発煙が確認され、某所から原因調査依頼された琉球大学教授(現・名誉教授)の加藤祐三博士らが燃える石(黄りん)を確認した。それは、人工のりんと全く同じ成分で、空気にふれると発火する摩訶不思議な物体で、発見当時はテレビ等でも話題となった。似た様な物質はフィリピンやタイの海域でも発見されているが、それは、米軍が第二次世界大戦で使用した黄りん爆弾の一部と推測されている。沖縄で発見された黄りんはそれらとの因果関係はないものと考えられ、世界でも唯一、自然界で生成された天然の黄りんとして1994年に加藤博士が岩石鉱物学会で発表している。加藤博士によると黄りんは猛毒との事、燃焼温度も高く極めて不安定で危険な物質との事。採取など考えない事が賢明です。まして簡単に見つけられるものでもないし。
タンメータニクーヤーと呼ばれる魚がいる。

タンメータニクーヤー(方言でいうとオジーのチンチンを噛む奴)。いやはや、なんともユニークな名前の魚がいるもんだ。殿方は庭かけまわり御婦人方はコタツでまるくなるネーミングとでも申しましょうか。しかし、こんな不名誉な名をつけられた魚に人権ならぬ魚権なんてないのでしょうか?その不名誉な魚の正式名称は「ギチベラ」。ベラ科の魚で沖縄の珊瑚礁域に多く生息する魚。一見特徴のない形態ですがエサを食べる時に口元がギュイーンと伸びるユニークな魚で名前の由来もそのへんからきていると思われます。ちなみに参考文献は1975年に琉球大学海洋学部の発表した「琉球列島産魚類目録論文」です。また一部の地域で同じくタンメータニクーヤーと呼ばれる魚「ヘラヤガラ」「アオヤガラ」がいます。2匹とも細長い魚であまりにも直球なネーミングにおどろかされます。まだまだ世間も捨てたものじゃないな〜としみじみ思う今日この頃です。
ウミホーミーと呼ばれる美味しい貝がいる。
殿方海洋ロマン!

タンメータニクーヤーの後にウミホーミー(海の陰部)をもってくるなんて我ながら小学生並みのHレベルだと反省しきり。美味しいと評判のウミホーミー(キーボードを叩いてるだけで一人赤面)の正式名称はイソアワモチ。体長は約6センチほどで灰色がかった楕円形の貝。沖縄の海岸に広く分布し大潮の干潮時に岩場で採ることができる。調理法がこれまたセクシー。内臓をとった後にそのまま鍋に挿入ならぬ投入し中火で炒めると自らヌルヌル(ほんとだってば〜)の体液を出す。それを煮汁として煮込む。味付けはニンニクとバターを適宜、仕上げの風味付けに醤油をかければ美味しいウミホーミーのソテーの出来上がり。食感はコリコリしててアワビのごとし、殿方、正に海の宝の味ですぞ。
※編注・写真のモザイク処理は殿方の海洋ロマンを増幅するためです。他意はございません。
イラブーの毒は、ハブのなっなっ7倍! しかも案外噛む!
イラブーの毒も心配だが、来期のイラブも心配!?

イラブーとはエラブウミヘビのことで、魚類ではなく爬虫類の仲間でコブラ科の毒ヘビである。陸ヘビの特徴を多く残しているため陸上での活動も自由に行え産卵も集団(恐い絵柄)で上陸し洞窟の岩の隙間などに産卵する。恐るべき事にその毒性はハブの7倍とされキングオブ毒ヘビなのである。しかし、性格はおとなしく咬傷例もこれまで殆ど無いとされていたが、NPO法人沖縄県ダイビング安全対策協議会の横井謙典氏の話によるとイラブーによる咬傷例は数多く、死亡例も数件確認されているとの事。
「イラブーの牙は後牙類(後ろの牙が毒牙とされる種)と誤解されて牙が後ろにあるので噛まれても大丈夫と思われているが、実は、イラブーは前牙類のウミヘビ。牙に溝がある種類で溝に沿って毒が流れる溝牙類のため、噛まれると危険です。ただし海中で噛まれても毒が海水で薄められるので死亡例が少ないのでは」と語る。しかし捕まえて地上で噛まれると非常に危険だと横井氏は指摘する。おとなしいとはいえ威嚇されれば攻撃するのが生物の本能です。海でイラブーと会ったら会釈程度のコミュニケーションをこころがけよう。
ちなみに、公設市場で売られているイラブーの燻製は噛まないので安心してゲッツしよう。
嘉手納飛行場には埋もれた財宝が眠っている。
基地掘れワンワン!
おりびあリサーチのため県立図書館で沖縄の文献を調べていると「カデナ飛行場(旧越来村)に埋もれた財宝」という非常にロマンシングストーン&トレジャーハンティングな一文を見つけた。要約してみると、「旧越来村の一富豪が、敗戦色濃い昭和20年に多大な金銀の財宝を埋めた。そこは現在、嘉手納飛行場内にあたりそこに財宝が埋まっている」一文には実際に埋蔵を手伝った人の証言も掲載されていた。まずは富豪なる人物は現在、軍用地使用料が年収7〜8千万もあると言うS氏。財宝の中身は大型ンスガーミーに入った金貨。埋蔵した場所は現在の嘉手納飛行場内、第3ゲート近くで滑走路よりとの事。そこには宇久田、大工廻という戦前の集落がありそこのS氏の元の住宅近くに埋められていると言う。
この一文は30年前の話であるが現在でも嘉手納飛行場は返還されてないわけで、つまり財宝も埋もれたままなのかも知れない。
いゃ〜心躍りますな〜。
沖縄の本土復帰の日はなぜ5月15日に決まったか。
歴史は妥協によってつくられる!?
1972年5月15日と言えば、沖縄が日本本土に復帰した歴史的な日である。その日取りはいかように決められたかと言いますれば、アメリカ側の主張は7月1日で日本側の主張は4月1日。両国とも日程をゆずれず、仕方なく妥協案として両国の主張する日取りの中間にあたる5月15日が復帰の日と設定された。まっ今となってはどーでもいい話ではあるが「歴史は妥協によってつくられるのかよ(by三村)」と思うと沖縄県民としてちょっぴり悲しい。
おりびあを巡る冒険!
前回の沖縄のトリビアが意外にも好評だったので調子こいて第2弾を敢行。果たして今回いかがなものでしょうか。結果しだいでは、私のポストも風前のともしび。くり返しますが、沖縄のトリビアは「おりびあ」と呼ぶ事に決定しましたので関係各位の皆様、ご留意のほどよろしくおねがいいたします。
投稿者 breakjp : 2005年01月05日 14:47