2007年06月06日
我が青春のオリオンビール
特集その2 歴代キャンペーンガール大集合!!

1994年に誕生以来、14代目を数える
「オリオンキャンペーンガール」。
今回、その美しきオリオンファミリーの一員である
彼女たちを集めて「座談会」を開催。
司会は初代キャンぺーンガールの審査から、
その後の教育を担当した久保田チャームスクールの
久保田先生に依頼。
さらにびあぶれいく編集担当の福永も参加し、会は大盛り上がり。
では、その様子をとくとご覧あれ。
かる~く自慢あれこれ
久保田 みなさんお久しぶりですね。お忙しい中よくお集りいただきました。今日は皆さんがキャンペーンガールをされていた頃の思い出を大いに語ってくださいね。私もどんな話が飛び出してくるのか楽しみにしているんですよ。よろしくお願いします。では、さっそくですが、この中で一番の先輩にあたる平良さんからお話を聞きましょうか。どんなことが印象に残っていますか?
平良 そうなんですよね。今日は私がこの中では一番古くて2代目のキャンペーンガールをさせていただきました。その頃、福永さんは会社入りたてでしたよね。
福永 そうそう、新入社員だからよくからかわれて。平良さんにはこき使われましたよ(笑)
平良 うそばっかり。まあ、でも私たちのほうがいばっていたかな(笑)。私たちの頃はあまり決まり事がなくて、実験的にいろんなことをしましたよ。今日は思い出の品も結構持ってきたんですよ。ほら、まずは認定証。
堀川 あっ、わたしも持ってきました。比べてみましょうか。紙質とかフレームとか最近の方が高級感増してますよね(笑)
平良 いえいえ。これには、これのあじがあるんです。次いきましょう。4人で着物を着たお正月の新聞広告。
一同 古~い。でも、きれ~い
平良 (咳払い)このポスターはCMで広告賞をとったときのもの。
池原 なんかすごい足上げてますね。
平良 ダンスの先生について一泊二日で撮ったんですけど、私だけ1テンポずれるんですよ。結
局本番もずれて、次の代から、踊りはなくなったって聞きました(笑)。それから一番の自慢はこれ、イベントで宮古島に行った時、図々ししくもオリオンのコネを使ってイチローさんと一緒に記念撮影しました。

一同 わ~、すご~い。見せて見せて。
平良 あの頃はイチローさんと結婚すると思ってたんですけどね~。
池原 私、松坂さんとお会いしましたよ。デニーさんが連れてきてくれて。
高安 私、下柳さんにお会いしました。
堀川 羨ましい。私たちの時、デニーさん誰も連れてこなかったんですけど・・。
人間として成長しました。
阿嘉 私は12代目キャンペーンガールを務めたんですがやっぱり一番印象に残ったのは「出会い」ですね。いろんな方と会って、感動したことを覚えています。それで、そのことを忘れないようにその時に撮った写真を編集して個人的に写真集を作りましたよ。あと、ちょっと大変だったのがオリオンスーパーベースボール表彰式担当だったので、500チームの皆さんにビールを1ケースづつ手渡したこと。汗だくだったけど、筋肉もついて逞しくなりました。

池原 私は、9代目なんですけど、私だけ水着撮影がなかったんですよ。水着はやっぱりグラマーな方がいいらしくて、ボリュームがない私はお呼びがかからなかったんです。その後もずっと「あと3キロ太りなさい」と言われ続けましたね。友達にもキャンペーンガールに選ばれたこと自体が奇跡だといわれてましたからね。でも1年間いろんな経験ができて、普段出会えない人たちに会えてとても楽しかったですね。
久保田 本当にそうですよね。キャンペーンガールに選ばれたからこその体験ですよね。高安さん、堀川さん、仲宗根さんはどうでしたか?
高安 とても楽しかったんですがすぐに思い出すのはキャンペーンで奄美に行った時、台風が来て島に4日間とじこめられ、後からくるはずのメンバーも来なくて、ずっと1人で店頭販促会したんですよ。あれは辛かった。でも、今ではもう全て楽しい思い出かな。
堀川 私と大城は13代目なんですけど、2人で飲みカットの撮影があって、1人でも大変なのに、2人のタイミングが合わなくて、飲むシーンを何度もやって、トイレに何度も行きました。私は顔が赤くなるから水を飲んでいたんですけど、大城さんはビール飲んでたよね。
大城 はい、ビールを飲んでましたね~。でもCM撮影のときは演技が全然できなくてね。もうだめだ~って思っていたら、堀川さんの後ろの方でビールを飲んでてっていわれて、ずっと飲
み続けてました。背景的な感じで(笑)。
堀川 そういえば、大城さんは離島に行った時にも朝から飲んでたよね。
大城 ううん、昼からです(笑)。
仲宗根 私の時は、海の撮影が多くて離島に結構、行きましたね。撮影にヘリを飛ばしたりして大掛かりだったんですけど、天気が悪くて一週間近く晴天待ちなんかもあって、貴重な体験
をしました。15~30秒の世界なのにあんなに大変だとは思いませんでしたね。寒い中泳いだのもよ~く覚えてます。
松田 いろんな事がありすぎて何から言おうか迷っているんですが、私も与論に行って店頭販促会しましたよ。毎日、家族や友達を連れて買いにきてくれる人がいて、ほんとにありがたかったですね。店頭で完売しましたからね。何をやっても楽しくて。私たちの頃はキャンペーンガール4人いたんですけど、ものすごく仲が良くて、メイクさんにも、何でそんなに仲がいいのって不思議がられていましたね。それで、最後に来年もこの4人でやりたいって言ったら、オリオンの方に「ビールは鮮度が命だからね」って言われて、「なるほど」と納得して諦めたんです(笑)。でも、ずっと続けたいくらい楽しかったですね。
福永 そういえば、卒業してから応募してきた人がいたね。ね、堀川さん。
堀川 あれはギャグで。密かにうまくいくことも期待していたんですけどね。
福永 受付で却下されたらしいよ。

青春のターニングポイント
久保田 皆さんは仕事を持ちながらキャンペーンガールをされていた方も多いと思いますが大変なこともあったんじゃないですか?
福永 堀川さんは塾の先生を毎日しながらの活動だったんだよね。
堀川 はい、高校受験の子たちをみていたので、私がこの仕事をしたことで迷惑かけたらいけないと思って、よけいに力が入りましたね。お陰さまで全員合格しました。
高安 私は今、病院に勤めているんですが、明るく人と接しなければならないのでキャンペーンガール時代のことがとても役立っていると思います。
仲宗根 私はピアノの教師をしていて、ふだんあまり、社会との接触がないので、オリオンビールでの1年はとてもいい経験になりました。音楽をやる上でも、社会人としても今に活かさ
れていると思います。
池原 私はとても人見知りだったんですけど、この仕事をやってからは、人見知りをすることも少なくなり逆にこちらから話しかけたりするようになりましたね。結構恐そうな人が優しか
ったりして、人を見る目が変わりました。それと、オリオンの方から、「あなたたちがお母さんになった時にこういうことをしていたんだと自信を持って子供に言えるように、活動をして
ください」と言われたことがすごく心に残っていて、すべてに積極的になれたような気がします。

堀川 私も人見知りで、コミュニケーションをとるのが下手だったんですけど、今は無理なくその場が楽しめるようになったというか。柔軟になったかな。
久高 私は逆にいつもしゃべりすぎっていわれるんです。キャンペーンガールの時にも、いつも何かやる前から「静かに」って。そのせいか、12代目は、大人っぽい後輩なんですよ。あの
突然ですが、実は私今ニートなんですよ。でもいいニートなんです、ホントに(笑)。カラーコーディネーターの資格をとったり、モデルやったり、うぐいす嬢もやったし、これもキャンペーンガールで鍛えられたからかな?!
福永 元々逞しいよ。久高さんは世界のウチナ~ンチュ大会の時、通訳もしていたよね。
久高 はい、スペイン語の。
堀川 えっ、なんでスペイン語しゃべれるの?
久高 母がスペイン人なんで。そうそう、私この度、ついに婚約しちゃいました。さらにスペインでマンションも買っちゃいました。ついでにあっちでウエディンドレスも指輪も買ってきちゃいました。
一同 おめでとう!!
松田 すご~い。本当はそれがいいたかったんでしょ(笑)、すごく忙しい前向きなニートなんだ。
久保田 おめでとう。久高さんはいつも楽しそうで周りを明るくしますね。でも研修の時は、よく話がそれましたね。何度も軌道修正したのを覚えていますよ(笑)。
久高 あれっ、そうでしたっけ。でも、あの1年はとても特別で、とても楽しかった。私も、もう一度やりたい。旦那様になる人ともキャンペーンガールをやっていたから出会えたんです
。ホントにオリオンは私にいつもハッピーをくれるんです。
久保田 話はつきませんね。でも、残念ながらお時間のようです。最後に私から一言。皆さんはたくさんの中から選ばれたキャンペーンガールで、みんなの憧れの対象なんです。だから私
の教育は厳しかったかもしれません。でも、1年の責務を果たして、さらに、こんな素敵な女性になられて私もうれしい限りです。教えながら、私も皆さんからたくさんのことを学びまし
た。ほんとにありがとう。今日は皆さんに会えてとてもうれしかったです。
福永 ほんとに今日はありがとうございました。皆さんは1年間オリオンビールに在籍した家族のような存在だと思っています。いつでも遊びに来てください。先生、皆さん、今日は本当
にありがとうございました。
会社創立50周年を機にみなさんにお会いする機会ができて本当に良かったです。
終始話題が尽きず、いくら時間があっても足りないくらいに、皆楽しそうに当時を振り返って盛り上がってました。
今度は取材抜きに皆で一堂に会したいものです。(福永)
第8代・2001年
比嘉鈴代さん
琉球朝日放送(QAB)のニュース番組「ステーションQ」のキャスターを務める比嘉鈴代さんは、第8代キャンペーンガール。「ただビールが好きだった理由で応募しました。それがきっかけで色々な出会いがあって、アナウンサーになったのもキャンペーンガールがきっかけです。その頃出会った方々とは今でもおつきあいがあって、キャンペーンガール時代の楽しい思いでとともに私にとって大きな財産だと思って感謝しています」
第8代・2001年
宮里涼子さん
私、実は普通のOLだったんですよ。でも、何かを変えたくってキャンペーンガールに応募したんです。イベントやキャンペーンで県内外へ行って、いろんな方と出会う毎日は刺激的で、中
身の濃いあっという間の1年でしたね。キャンペーンガールをやったことで、とても前向きになり、視野も広がったし、度胸もついたかな。OLでは経験できないことばかりでしたからね。
まさに私の転機になった出来事です。人生にはタイミングというのがあるということを実感しましたね。それが今の仕事に結びつけてくれたんですから。同窓会をするなら今度はぜひ、参加したいですね。
投稿者 breakjp : 2007年06月06日 15:04