2008年03月03日
鋭くも美しい唯一無二の輝きに託す深き思い。
■日本刀鍛錬所 兼工房 兼濱清周さん
いくつもの矛盾を抱える沖縄という社会のなかでピュアゆえに人知れず悩み続けた青年が、日本刀の鋭くも美しい輝きに精神性を見いだし、その悩みを振払うように刀鍛冶の世界へ。その人こそが沖縄で唯一の刀匠となった兼濱清周さんです。厳しい修行のなかで刀と対峙し、あえて沖縄で日本刀をつくり続けるということを決意、約10年間の修行を経て、沖縄へと戻り、南城市大里の山中に工房を構えました。
「玉鋼」とよばれる日本刀の地鉄の塊に焼きを入れ、たたくことを繰り返す作業は、刀の鍛錬でありながら、精神の鍛錬。まるで修行僧のように映ります。「でも、たまには山から下りてビールも飲むよ」と笑う兼濱さん。そんな暮らしを続ける兼濱さんが現在、情熱を注いでいるのが刀子と呼ばれる細小の刀づくり。奈良時代に装身具として、あるいは木簡や小さな仏像を彫る小刀として、実在したものを兼濱さんが現代に蘇らせたもの。玉鋼を鍛えるという刀の技術を活かしながらも身近で親しみやすいものに仕上げたという作品には、奥様の淳子さんの漆工芸の技術を取り入れ、刀の鋭さと漆の温かみが融合した凛とした品格が漂います。「日本刀文化のない沖縄で刀文化を残すことがライフワーク」と話す兼濱さん。魂を揺さぶる輝きを創りだすために、これからもさらなる挑戦が続きます。
いくつもの矛盾を抱える沖縄という社会のなかでピュアゆえに人知れず悩み続けた青年が、日本刀の鋭くも美しい輝きに精神性を見いだし、その悩みを振払うように刀鍛冶の世界へ。その人こそが沖縄で唯一の刀匠となった兼濱清周さんです。厳しい修行のなかで刀と対峙し、あえて沖縄で日本刀をつくり続けるということを決意、約10年間の修行を経て、沖縄へと戻り、南城市大里の山中に工房を構えました。
「玉鋼」とよばれる日本刀の地鉄の塊に焼きを入れ、たたくことを繰り返す作業は、刀の鍛錬でありながら、精神の鍛錬。まるで修行僧のように映ります。「でも、たまには山から下りてビールも飲むよ」と笑う兼濱さん。そんな暮らしを続ける兼濱さんが現在、情熱を注いでいるのが刀子と呼ばれる細小の刀づくり。奈良時代に装身具として、あるいは木簡や小さな仏像を彫る小刀として、実在したものを兼濱さんが現代に蘇らせたもの。玉鋼を鍛えるという刀の技術を活かしながらも身近で親しみやすいものに仕上げたという作品には、奥様の淳子さんの漆工芸の技術を取り入れ、刀の鋭さと漆の温かみが融合した凛とした品格が漂います。「日本刀文化のない沖縄で刀文化を残すことがライフワーク」と話す兼濱さん。魂を揺さぶる輝きを創りだすために、これからもさらなる挑戦が続きます。
兼工房でつくられた文鎮や小刀、刀子。
沖縄県立美術館・東京銀座 鳩居堂でも扱っています。
http://www.h5.dion.ne.jp/~kaneru/
投稿者 breakjp : 2008年03月03日 16:21