2008年10月12日
プロサッカー選手 我那覇和樹
沖縄出身として初めて日本代表に名を連ねた経験を持つストライカー。
Jリーグのピッチを疾走する「ウチナー魂」!
その決定力が勝利を呼び、新たな地平を切り開く!!
サッカー選手としてプロを意識し始めたのは?
僕は沖縄出身のJリーガーとしては三人目なんですけど、石川研さん、喜名哲裕さんがプロへの道を作ってくれたと思い感謝しています。喜名さんは地元も同じ小禄中学校の先輩で、僕が中学生の時には、プロになっていて憧れの存在でした。宜野湾高校では、一年と三年の時の高校選手権で全国大会に進みました。一年生での出場時に、Jリーグの幾つかのクラブが声を掛けてくれて、練習に参加したんです。そこでプロになりたいと意識し始めました。高校卒業と同時にフロンターレに入って、今年で十年目です。
練習やオフはどのような頻度ですか?
練習場としては麻生グラウンドがメインで、ホームスタジアムの等々力陸上競技場でも時々。オフ明けは午前と午後の二部練習が多いですけど、それ以外は毎日午前か午後のどちらかです。オフは、試合の日程によって週イチであるかないかといった感じです。長期のシーズンオフの年末年始には、毎年沖縄に帰っています。宜野湾高校の「初蹴り」にも参加させてもらったり。僕の原点だし、皆と顔を合わせる機会もそう多くはないので、そんな時には非常に力をもらいますね。
沖縄出身の人達との交流はありますか?
やっぱり沖縄は郷土愛というか、「イチャリバチョーデー(一度出会えば兄弟)」の言葉通り打ち解けられるし、仲間意識が強いです。サッカー以外での沖縄の知り合いはあまりいないんですけど、FC東京に赤嶺くん(赤嶺真吾選手)がいるので、よく話をしますね。彼も中学の後輩ですが、県外へ出て鹿児島実業高校ではレギュラーでしたし、FC東京でも活躍しているので、一緒に沖縄を引っ張って、盛り上げていけたらなって思います。
2006年に沖縄出身としては初めて日本代表に選ばれました。
サッカーをやっていて、沖縄の人でもこれだけ出来るっていうのを見せたかったし、その結果として代表に選ばれることで、後輩達が続くような道を作りたい気持ちもありました。夢は諦めなければ叶うもんだって、身体と行動で表現したかったですし。もちろん、また代表に戻れるように頑張りたいです。
フロンターレのフォワードでは最年長ですね。
そうですね。まあ、いつの間にか年をとってしまって(笑)。気持ちは若いままなんですけど。チームはメンバーもそれほど変わらず、きちんとした土台があって、その上で成長出来ているのが最近の強みですね。ただ、そうは言っても選手だけでサッカーは出来るもんじゃないですし、サポーターの皆さんの力があって成り立っているので、感謝しています。最近は、スタジアムのスタンドも毎試合いっぱいになるくらいなので、選手としては心強いです。今年こそはタイトルを取りたいって、チームの皆で話しています。本当にいい位置に付けているし、上位にはプレッシャーをかけながら、自分達としては勝つことしかないので、シーズンが終わった時には笑っていたいですね。そのために、試合に出て点を取ってチームの勝利に貢献したいです。

最後に沖縄の読者へメッセージを。
沖縄で生まれ育って、…でもサッカーしかしてこなかったイメージなんで(笑)。ただ、沖縄の環境っていうのは、子供達が伸び伸びと成長出来るようなところは気に入っているし、誇りに思っています。沖縄のサッカーチームの試合結果も常に気になりますし、頑張って上のカテゴリーに上がってきて欲しいです。将来的にもずっとサッカーに携わって、いつか沖縄に何か恩返しをしたいですね。沖縄の子供達もJリーガーになりたいって目標を持って、是非頑張って欲しいです。スカウトの人達からも、能力が高い子が多いって話を聞きますし、自信を持っていいです。僕がここまでサッカーを続けてこれたのは、沖縄の皆さんの後押しが大きな力になったので、これからも応援して下さい。僕はそれに対して、結果で応えていきたいです。

【プロフィール】
1980年9月26日生まれ。那覇市出身。
宇栄原FC、那覇市立小禄中学校、沖縄県立宜野湾高校を経て、1999年にJリーグ・川崎フロンターレ入団。2000年Jリーグ優秀新人賞。2006年Jリーグ得点ランキング3位(日本人選手最多タイ18得点)、Jリーグアウォーズ優秀選手賞。イビチャ・オシム監督就任と同時に日本代表に選出。国際Aマッチ6試合3得点。2007年AFCアジアチャンピオンズリーグ出場。
川崎フロンターレ公式サイト
http://www.frontale.co.jp/
個人ブログ「GANAR」
http://ameblo.jp/ganakazu/
投稿者 breakjp : 2008年10月12日 08:35