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2010年07月31日

特集2 ビバ!エイサー! Part.1

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毎年、お中元シーズンに流れるオリオンビールの
お中元エイサーCMは沖縄の夏の風物詩。
今回は、金武町金武区青年会・沖縄市池原区青年会・
宜野湾市宜野湾区青年会の3団体が出演。
CMメイキングを追いながら、エイサーについて考えてみた。
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エイサーの起源
 エイサーの起源は文献が少ないため諸説あるとされている。1603年、当時の琉球王・尚寧王と知遇を得た浄土真宗の袋中上人が、仏典を唱えながら踊る念仏踊りを伝え、沖縄独自の念仏踊り形態であるエイサーへと発展したとされる説。
 一方、1479年の文献には那覇の記録としてエイサーについての記述があり、その頃がエイサーの起源とされる説もある。
 エイサーの呼び名についてはおもろさうし(琉球の古い歌謡集)にある言葉が語源とされる説と演舞中の「エイサー、エイサー、ヒャルガエイサー」と言う囃子が語源との説があるが、どちらも確証がないとされている(沖縄市エイサーイベント完全ガイドより)。
 起源は不明であっても、お盆の季節に現世に帰ってくるとされる祖先の霊を送迎するためにエイサーが行われる。ウンケー(出迎え)してウークイ(お見送り)する。祖先崇拝を根幹とする沖縄にとって大切な伝統行事である。

まるで道ジュネーを追っかける様に2日間、エイサーCM撮影隊を追った。

 初日は、金武区、宜野湾区両青年会を撮影する強行軍。エイサーお中元CMの特徴はその地域風景の特色を出す事なので、早朝から金武町の特産物である田芋や島米の水田広がるロケーションでの撮影。早朝にもかかわらず、金武区青年会のテンションは高い。会長の岸本さんによると「僕たちの何代もの先輩達の時代からオリオンのCMに出る事が夢でした」と満面の笑顔で応える。好天ゆえ素早く撮影を終えて、樹齢何百年にもなるガジュマルがある金武町公会堂前での撮影。すでに陽は高く上り、気温は30度を超えている。ここからはオリオンキャンペーンガールの3人とエキストラが加わり、リアル道ジュネーの様相。そのテンションをキープしつつエキゾチックな繁華街・新開地へ移動。もはや、すでに本番さながらのトランス状態。OKのかけ声があがってもエイサー&カチャーシーは止まらない、撮影初日午前中にしてエイサーメーターぶっちぎり!!金武エイサー最高!

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金武町金武区青年会・会長
岸本大二郎さん
エイサー歴10年。金武のエイサーは大太鼓とヘーシ(囃子)の力強さと締太鼓を振り回すダイナミックな演舞が特徴。金武ならではと言えばキンキンと呼ばれるカネ打ち。二人のカネ打ちによって正確なリズムが保たれる事。

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諸見里真継さん
エイサー歴4年。エイサーを通じて青年会として地域社会との連帯感が持てる事がなによりもうれしい。新開地での道ジュネーでは、唐船ドーイで外人も混じってカチャーシーで街全体が盛り上がるのは、金武ならではの光景です。 
国場さや乃さん
エイサー歴10年。練習でも本番でも終わった後の達成感が良いですね。地域のボランティア活動にも参加でき充実しています。

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EISA AROUND THE WORLD in LIMA PERU
1999年に沖縄県人の南米移民・移住90周年式典に参加するりんけんバンドに帯同してペルー、ブラジル、コロンビア、ボリビア南米四カ国を1ヶ月かけて回った。1カ国目のペルーの首都リマの巨大なスタジアムで行われた南米移民90周年の式典で琉球國祭り太鼓リマ支部の勇壮な演舞を見た。スタジアムのフィールド全体を使っての、おなじみミルクムナリの演舞に熱いものがこみ上げて来た。沖縄から、数万キロ離れたかの地にエイサーは力強く根を張っていた。その後の南米の国々でもエイサーを見る事ができた。
琉球國祭り太鼓は、日本全国に30もの支部があり、北米、南米を中心に世界6カ国に15の支部を持つ。今年6月には上海万博のジャパンデーにも出演した。8月1日(日)国際通りで行われる「一万人のエイサー踊り隊2010」では「琉球スペシャルエイサーページェント」と銘打って、琉球國祭り太鼓の国内、海外支部が中心となり約25カ所の会場で、同時刻(8月1日午後1時)に同時演舞する。インターネットのスカイプを通じてシンクロする画期的な試みとなる。
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投稿者 breakjp : 2010年07月31日 10:38