2010年07月31日
特集2 ビバ!エイサー! Part.2

道ジュネーは続くよいつまでも
金武町で撮影が終わり、エイサー撮影隊は一気に南下し宜野湾市のトロピカルビーチヘ。美しい弧を描く出島での撮影。賑わうビーチと地謡(三線演奏者)とのコントラストが眩しい。
体感温度は、とっくに30度超えだ。出演する宜野湾市宜野湾区青年会の艶やかな装束と赤い大太鼓が海岸線に映える。宜野湾市から初のCMエントリーとなり、地元の期待を背負っての演舞に熱が入る。独特のパーランクーのスタイルは、うるま市赤野エイサーから譲り受けて、独自のスタイルに昇華させている。変化にとんだパーランクーの隊列やパワフルな大太鼓の演舞や艶やかな装束が宜野湾区エイサーの特色だ。 夕方からは、沖縄国際大学前に場所を移し、片側通行として(関係各位の皆様ご協力ありがとうごさいました。)道ジュネーの撮影。アスファルトの照り返しもあり体感温度は、とっくに35度を超えているはず。にもかかわらず、黙々と待機しているエキストラの皆様には、感謝感激である。実際に本番では、特別なイベントに参加しているという熱い一体感に包まれていた。宜野湾区青年会のリアルな汗と日焼けが撮影の過酷さを如実に物語っている。
エイサーは、伝統芸能であると同時に演者は屈強なアスリートである。日々の練習・鍛錬がないとつとまらない。彼らが口々に言う「達成感がなによりも心地良い」と言った意味が少しわかりかけた気がする。それにしても早朝の金武の田芋の水田風景から沖縄国際大学前の道ジュネーまでエイサー血中濃度200%の一日であった。


宜野湾市宜野湾区青年会・会長
大城史之さん
エイサー歴8年。数年前までは道ジュネーはしていなくて、主に公民館で踊っていました。足の不自由なお年寄りのために、道ジュネーを始めました。なによりもオジーオバーの喜ぶ姿が嬉しいし、地域との結びつきも強くなるしエイサー大好きです。


比嘉樹さん
エイサー歴8年。エイサーを通じて他の青年会と交流がもてたり、県外交流などで本土で演舞し新しい出会いが生まれるのがうれしい。
宮城香織さん
エイサー歴6年。踊り終わった後の達成感とオリオンビールが最高。地域とのつながりもより親密になるので、エイサーやってよかったです。


EISA AROUND THE WORLD in SHINJUKU TOKYO
去年7月、びあぶれいくの取材で東京で開かれるオリオンビアフェスト イン イセタンの取材で訪れた。同時に開催されていた「新宿エイサーまつり」に圧倒された。アルタ前を皮切りに新宿の主要道路や広場でエイサーの演舞が繰り広げられているのであった。折しもその日はエイサーが沖縄から呼び寄せたとしか思えない程の晴天で汗だくになって演じる姿は、沖縄となんら変わりなく、カンバンだらけの新宿三丁目のビル街とエイサー装束とのコントラストが圧倒的であった。ビアフェストの会場伊勢丹屋上でもエイサーが繰り広げられ、通りにでれば歩行者天国の中、繰り広げられるエイサーの道ジュネーに軽い目眩を覚える程、その日の新宿は沖縄一色であった。沖縄の団体も参加していたが、殆どの団体は東京、もしくは近郊のエイサー団体であった。今年の新宿エイサーまつりは、7月31日に開催され9回目となる。新宿エイサー!スリサーサー!


* 道ジュネーとは、町や村の主要道路などでエイサーを踊りながら練り歩くこと。
投稿者 breakjp : 2010年07月31日 10:38